上関原発について

本来ならこうした政治的発言はしたくないのですが、あえて物申させていただきます。

 

わたしは上関原発に反対します。なぜなら、室津半島は神の島だからです。今や誰からも忘れ去られていますが、五烏伝説にある通り、太古の昔、小烏の神と宮島の女神が降り立った聖なる土地です。伊保庄は往古は、本州から離れた島であったことは過去の知識人たちの定説です。それゆえ、本来はこの伊保庄島(室津半島)が「宮島」になる予定だったのです。現在は陸続きとなり、いわば「宮半島」になっています。厳島の女神がこの地を去った後も、五色の烏である小烏の神はここに留まり、今もわたしたちを見守り続けています。

 

宮島に原発を作りますか?作りませんよね。これは柳井や上関が、そうした重要な観光地や人口の多い都会と比べて軽視され、犠牲にするのにうってつけだからです。本当に原発が安全なら、そうした場所にも作るはずです。ところがそれは決してしない。そこに政治家や財界人たちの本心が表れています。命に差別があっていいのでしょうか?名指しはしませんが、テレビで原発推進派の地元の政治家たちが勝利して万歳しているところを見てがっかりしました。おそらく、あなたがたももっと巨大で狡猾な者たちの手のひらで踊らされているに過ぎません。彼らはいざ事が起こったときは安全な場所にいます。自分たちに関係のない土地に郷土愛も何もありません。

 

どうか、柳井市・上関町・平生町・田布施町の方々、目を覚ましてください。金に目が眩んで魂を売らないでください。そして何より、遥かな昔にわたしたちの祖先を守ってくださった神仏を忘れないでください。経済か安全性かでジレンマを抱えていますが、宗教的・倫理的視点が欠けています。そうしたことは現代では鼻で笑われる時代となりましたが、わたしたちのDNAには神の救いのお誓いが刻まれています。どうかそれを思い出してください。

 

聞くところによると、上関町民は真っ二つに分かれ、家族や親戚でさえも反目して口を利かない有様といいます。こうした信頼や絆の破壊は、経済の低迷よりもいっそう破壊的です。いくら助成金が入って町が潤っても元通りにはなりません。利益に対して代償が大きすぎるのです。すでに原発計画自体が取り返しのつかない不幸をもたらしています。いったい、この目に見えない傷を誰が保証するのでしょうか?神は深く悲しまれています。

 

じゃあ過疎化や少子化が進む街の経済や市民の生活はどうするのか?という切実な問題があると思いますが、ここはじっと辛抱して耐えましょう。我々人間中心に考えるのではなく、このふるさとの自然や動物たち、また神仏を優先して守っていくところに、神は必ず実利も与えてくださいます。たとえ長い時間がかかっても、清らかな心には必ず善き報いがあります。原発でなくとも何か他に道があるはずです。そこを頭の良い地元の政治家の方々に模索していっていただきたいです。どうか、この神聖な島を汚さないでください。

 

最後に我が故郷の方々、あなたがたは神々に選ばれた民の末裔です。遥かな昔、わたしたちの祖先は古文書にある通り、貧しい漁民に過ぎませんでしたが、神々はあえて彼らを選ばれ救われました。狩猟採集の時代から今も、神はわたしたちをずっと見守っておられます。このままいくと祖先の祈りが無駄になってしまいます。柳井はただのど田舎ではありません。ここは神々に祝福された土地なのです。わたしたちの郷土は聖地であることに誇りと、そして畏れとを持ってください。どうかそのことを忘れないでください。

 

ニーチェは「神は死んだ」と言いましたが、実際は人が死んだのです。敬虔さという魂の喪失という意味で。

 

推古・天武天皇の治世より「烏王庄(うおうのしょう)」という古名のごとく、柳井市はカラスの王様が治める土地です。柳井の街の大空には、五色の翼を広げた大鴉が優雅に飛んでいます。

 

わたしたちに神の祝福が豊かにありますように。なむこがらす。

 

令和七年九月五日 五烏社ノ防人 高河慧佑 謹言